2012年01月23日
石垣島マラソン10km完走

足が痛い。
それも、筋肉痛より、膝と足首の関節が痛い。
若いころ、関節が痛くなるなんて、なかったことだ。
それも、たった、10km走っただけで・・・。
やはり、年をとったということだろうか。
でも、まったく練習をしなかった割には、完走できたので、上出来だと思う。
昔の貯金が残っていたということだろう。
昨日、本当に久しぶりに、マラソンに参加した。
足は痛いが、体は気持ち良さを感じている。
やはり、運動不足は、体と心に良くないのであろう。
適度な運動は、身体と心の健康に、いいようである。
これからは、身体と心の健康のために、走ることはプラスになるようである。
でも、関節を痛めて長引かせることは、避けるよう気をつけよう。
石垣島マラソンのスタート地点は、市の総合運動公園だった。
歩いてゆける距離だったが、雨が降っていたので、妻に車で送ってもらった。
感謝。(*^_^*)
車から降りると、雨は小降りだったので、助かった。
なまった体に、雨の洗礼はきつかったと思う。
日頃の行いが良いからだろう。(^^ゞ
今日の八重山日報と、八重山毎日新聞に自分の名前が載っていた。
新聞に名前が、マラソンで載るのは、久しぶりぶり。
ちょっとだけ、うれしかった。
夜は、感想祝いということで、家族3人でステーキを食べに行った。
JUMBO STEAK HAN'S石垣店という店に、初めて入った。
完走メダルを持って行くと、ステーキを100g増量してくれるとのこと。
ドカンとでっかいステーキが出てきたので、食べきれるか気にしたが、大丈夫だった。
おいしかったので、また行こうと思う。
普段、肉食を控えているので、たまにはドカンと食べるのもいいかも。
2011年11月18日
ブータン国王の国会での演説
昨日、ブータンの国王が、国会で演説しました。
聞いてて感動、涙が込み上げてきました。
容姿もかっこいいが、こんな演説のできる国王って、めっちゃかっこいい。
動画と全文を掲載しますね。
http://youtu.be/GamBapMjbyY
「国民総"幸福"量」を重んじるブータン国王が国会で演説 全文
来日中のブータン王国ジグミ・ケサル国王は2011年11月17日、国会で演説を行った。ブータン王国は、国民の心理的幸福などを指標とする「国民総幸福量」(GNH)を重視する国として知られている。演説でケサル国王は、東日本大震災について「いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません」とした上で、「しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民だ」と語り、ブータンの言葉「ゾンカ語」で祈りを捧げた。
以下に国王の演説を全文書き起こして紹介する。
ブータン国王: 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。
皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。
改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」
ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。
聞いてて感動、涙が込み上げてきました。
容姿もかっこいいが、こんな演説のできる国王って、めっちゃかっこいい。
動画と全文を掲載しますね。
http://youtu.be/GamBapMjbyY
「国民総"幸福"量」を重んじるブータン国王が国会で演説 全文
来日中のブータン王国ジグミ・ケサル国王は2011年11月17日、国会で演説を行った。ブータン王国は、国民の心理的幸福などを指標とする「国民総幸福量」(GNH)を重視する国として知られている。演説でケサル国王は、東日本大震災について「いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません」とした上で、「しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民だ」と語り、ブータンの言葉「ゾンカ語」で祈りを捧げた。
以下に国王の演説を全文書き起こして紹介する。
ブータン国王: 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。
皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。
改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」
ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。
2011年11月04日
歴史の講師デビュー
八重山倫理法人会から、3回目の講話を頼まれた。
今日の朝6時に行って、話しをしてきた。
なんと、歴史について、話をしてきた。
歴史の話しを、人前でしたのは、初めてだった。
まあまあの反応だった。
倫理の宮城さんから、1カ月くらい前に、講師依頼の話があり、
「次は、歴史について話しをして下さい。」
と、言われた。
思わず、笑ってしまった。
歴史のテーマで、人前で話しをしたことが無い。
宮城さんには、環境問題のテーマ一覧を渡してあったので、
次は、環境の話しをするつもりでいた。
オゾン層破壊がいいかなと、考えていた。
宮城さんとの打ち合わせで、テーマは次のようになった。
歴史からみた日本人の誇り
~幕末編~
言っておくが、タイトルは、宮城さんが考えた。
歴史について、関心が深くなったのは、5年くらい前だった。
台湾の李登輝元総統の話しを聞いたのが、きっかけだった。
その後、マンガ、テレビ、インターネット、雑誌、本から学ぶようになった。
歴史を学ぶことが、自分自身の心の癒しになった。
日本人として、自信のようなものができてきた。
学んだ知識を、歴史の先生である妻に、私が薀蓄を垂れるようになった。
歴史が専門の妻は、話を聞いてくれた。
そんな訳で、今回の依頼は、嫌ではなかった。
それよりも、何だか、うれしかった。
50分くらいの時間で、幕末の歴史を一通り語れる訳がない。
自分が面白いと思ったエピソードを、掻い摘んで話しをした。
今回は、阿部正弘、島津斉彬、高杉晋作、大村益次郎のことを話した。
吉田松陰とペリーのことも、少し盛り込んだ。
幕末ではないが、アメリカ日系人部隊のことも、最初にちょっとだけ取り入れた。
まあまあうまく、話しをまとめることができたと思う。
誇りを感じられる話が、ひとつでも、話しを聞いてくれた人の心に残ったら、うれしい。
会長さんから、「次もお願いします。」と言われた。
話しのネタは、いくらでもある。
次も、歴史をテーマに、話しをしてみたい。
今日の朝6時に行って、話しをしてきた。
なんと、歴史について、話をしてきた。
歴史の話しを、人前でしたのは、初めてだった。
まあまあの反応だった。
倫理の宮城さんから、1カ月くらい前に、講師依頼の話があり、
「次は、歴史について話しをして下さい。」
と、言われた。
思わず、笑ってしまった。
歴史のテーマで、人前で話しをしたことが無い。
宮城さんには、環境問題のテーマ一覧を渡してあったので、
次は、環境の話しをするつもりでいた。
オゾン層破壊がいいかなと、考えていた。
宮城さんとの打ち合わせで、テーマは次のようになった。
歴史からみた日本人の誇り
~幕末編~
言っておくが、タイトルは、宮城さんが考えた。
歴史について、関心が深くなったのは、5年くらい前だった。
台湾の李登輝元総統の話しを聞いたのが、きっかけだった。
その後、マンガ、テレビ、インターネット、雑誌、本から学ぶようになった。
歴史を学ぶことが、自分自身の心の癒しになった。
日本人として、自信のようなものができてきた。
学んだ知識を、歴史の先生である妻に、私が薀蓄を垂れるようになった。
歴史が専門の妻は、話を聞いてくれた。
そんな訳で、今回の依頼は、嫌ではなかった。
それよりも、何だか、うれしかった。
50分くらいの時間で、幕末の歴史を一通り語れる訳がない。
自分が面白いと思ったエピソードを、掻い摘んで話しをした。
今回は、阿部正弘、島津斉彬、高杉晋作、大村益次郎のことを話した。
吉田松陰とペリーのことも、少し盛り込んだ。
幕末ではないが、アメリカ日系人部隊のことも、最初にちょっとだけ取り入れた。
まあまあうまく、話しをまとめることができたと思う。
誇りを感じられる話が、ひとつでも、話しを聞いてくれた人の心に残ったら、うれしい。
会長さんから、「次もお願いします。」と言われた。
話しのネタは、いくらでもある。
次も、歴史をテーマに、話しをしてみたい。
2011年09月21日
コープの商品が遅配
コープの商品が遅配
専業主夫をする前は、生活協同組合コープおきなわに勤めていた。
勤めているときは、コープの商品を支所受けとりで、利用していた。
コープを辞めたあとは、個人配達で商品を受け取っていた。
うるま市に住んでいるときは、そのうち、個配が二人個配になり、班になった。
石垣島に引っ越してからは、住んでいる団地に班があったので、そこで利用している。
現在、その班に5名の組合員が利用している。
私以外は、みんな0歳児のお母さんである。
ほんとうは6人いたが、1人がお産のために実家へ帰っている。
出産ラッシュである。
商品受け取りのときは、みんな赤ちゃんを連れてくる。
話しの話題は、子供のことが中心である。
毎週水曜日の午前中が、商品の受け取り時間である。
今日だった。
しかし、台風15号の影響で、配達が遅れた。
なんと、来週の月曜日とのこと。
離島だから、仕方ないけど。
来週の月曜日とは、元職員でも、ちょっと驚きである。
配達の担当者、大変だろうな。
昨日、配達担当の小川さんから、遅配の電話があった。
班の人には、私から連絡することにした。
注文書を集めて、ファイルにまとめ、今日の朝、ポストに入れておいた。
という訳で、今週は生協の商品がない。
ちょっとさびしい。
今晩のおかず、どうしようかな。
⊂(´0`)⊃
専業主夫をする前は、生活協同組合コープおきなわに勤めていた。
勤めているときは、コープの商品を支所受けとりで、利用していた。
コープを辞めたあとは、個人配達で商品を受け取っていた。
うるま市に住んでいるときは、そのうち、個配が二人個配になり、班になった。
石垣島に引っ越してからは、住んでいる団地に班があったので、そこで利用している。
現在、その班に5名の組合員が利用している。
私以外は、みんな0歳児のお母さんである。
ほんとうは6人いたが、1人がお産のために実家へ帰っている。
出産ラッシュである。
商品受け取りのときは、みんな赤ちゃんを連れてくる。
話しの話題は、子供のことが中心である。
毎週水曜日の午前中が、商品の受け取り時間である。
今日だった。
しかし、台風15号の影響で、配達が遅れた。
なんと、来週の月曜日とのこと。
離島だから、仕方ないけど。
来週の月曜日とは、元職員でも、ちょっと驚きである。
配達の担当者、大変だろうな。
昨日、配達担当の小川さんから、遅配の電話があった。
班の人には、私から連絡することにした。
注文書を集めて、ファイルにまとめ、今日の朝、ポストに入れておいた。
という訳で、今週は生協の商品がない。
ちょっとさびしい。
今晩のおかず、どうしようかな。
⊂(´0`)⊃
2011年09月07日
倫理法人会で話をします
去年までは、沖縄ポリテクカレッジで、非常勤講師の仕事をしていた。
大変なこともあったが、人の前で話をするのは、それなりに楽しかった。
もともとは、話をするのが苦手だったんだけれどね。
石垣島へ来て、しばらくは人の前で話をすることは無いと思っていた。
しかし、来てすぐ、八重山倫理法人会から講話の依頼があった。
1回目は、6月17日だった。
終わった後、次回も頼まれた。
明後日の朝、2回目の話をする。
なんと、「専業主夫」をテーマに話をしてくれと言われた。
経営者を前にして、主夫の話をするのは、気が進まない。
以前、沖縄市の青年会議所でしゃべったとき、反応がイマイチで、冷や汗をかいた。
^_^;
でも、中部の倫理法人会で話しをしたときは、結構受けたから、大丈夫かな。
これから、準備、がんばりまーす。
いや、楽しみまーす。(^_^)
主催:八重山倫理法人会
日時:9月9日(金)午前6~7時
場所:ホテル日航八重山
演題:お父さんは専業主夫
講師:辻 和久
大変なこともあったが、人の前で話をするのは、それなりに楽しかった。
もともとは、話をするのが苦手だったんだけれどね。
石垣島へ来て、しばらくは人の前で話をすることは無いと思っていた。
しかし、来てすぐ、八重山倫理法人会から講話の依頼があった。
1回目は、6月17日だった。
終わった後、次回も頼まれた。
明後日の朝、2回目の話をする。
なんと、「専業主夫」をテーマに話をしてくれと言われた。
経営者を前にして、主夫の話をするのは、気が進まない。
以前、沖縄市の青年会議所でしゃべったとき、反応がイマイチで、冷や汗をかいた。
^_^;
でも、中部の倫理法人会で話しをしたときは、結構受けたから、大丈夫かな。
これから、準備、がんばりまーす。
いや、楽しみまーす。(^_^)
主催:八重山倫理法人会
日時:9月9日(金)午前6~7時
場所:ホテル日航八重山
演題:お父さんは専業主夫
講師:辻 和久
2011年08月18日
キリンチャレンジカップの君が代
なでしこジャパンWカップ優勝に、感動した。
8月10日の男子の日韓戦での勝利もうれしかった。
最近、サッカーに関心が高くなって、よくマスコミの情報を見ている。
そこで、インターネットのニュースを見ていたら、次のような記事があった。
『サッカー『キリンチャレンジカップ2011』の国歌斉唱が「あまりにもヒドすぎる!」と話題に』
前半の試合を観ていなかったので、どんな歌かと思って、ユーチューブで検索して、聞いた。
記事のとおり、あまりに下手で、笑ってしまった。
↓
キリンチャレンジカップ2011 日本vs韓国 日韓戦 残念な国歌
http://youtu.be/2PjArXc4ogs
やっぱり、君が代は、こうでなくっちゃと思う。
野々村彩乃さんの君が代です。
こちらは、ぜひ、聞いてみて。
神々しい歌声に、何度聞いても、心が洗われます。
↓
国歌独唱/第82回選抜高校野球大会
http://youtu.be/_ORh8TKxsMU
2011年08月15日
45歳になりました。
終戦記念日が、私の誕生日。
今年の誕生日には、当日の朝に母へ電話しようと思った。
しかし先に、母から電話があった。
家系図の場所を、訊いてきた。
場所を伝えたあと、誕生日の話をした。
「産んでくれて、ありがとう。」
と私が母に伝えた。
「産まれてきてくれて、ありがとう。」
と母が私に返した。
何気ない会話だった。
しかし、この意味が、最近よくわかるようになってきた。
地球の歴史を学ぶと、この地球が宇宙に存在していることが奇跡だと、わかった。
その地球上に、私という人間が生きていること自体、奇跡の積み重ねなんだと。
地球のことを学んできて、本当に良かったと思う。
今日の昼は、NHKの戦没者記念式典を観た。
式典に合わせて、一緒に、黙祷をした。
祖父のことを考えた。
私の祖父、辻嘉三郎は、昭和19年10月18日に戦死した。
フィリピンのマニラ沖で、乗っていた船を沈められた。
数えで、34歳だった。
私は、祖父の亡くなった年齢を10歳以上超えている。
残りの人生、あと何年あるのだろう。
自分の命をどう使うのか、もっと考える必要がある。
ミクシィとフェイスブックから、誕生メッセージを送って下さった方、ありがとうございます。
普段、会えない方からのメッセージ、うれしかったです。
感謝!
今年の誕生日には、当日の朝に母へ電話しようと思った。
しかし先に、母から電話があった。
家系図の場所を、訊いてきた。
場所を伝えたあと、誕生日の話をした。
「産んでくれて、ありがとう。」
と私が母に伝えた。
「産まれてきてくれて、ありがとう。」
と母が私に返した。
何気ない会話だった。
しかし、この意味が、最近よくわかるようになってきた。
地球の歴史を学ぶと、この地球が宇宙に存在していることが奇跡だと、わかった。
その地球上に、私という人間が生きていること自体、奇跡の積み重ねなんだと。
地球のことを学んできて、本当に良かったと思う。
今日の昼は、NHKの戦没者記念式典を観た。
式典に合わせて、一緒に、黙祷をした。
祖父のことを考えた。
私の祖父、辻嘉三郎は、昭和19年10月18日に戦死した。
フィリピンのマニラ沖で、乗っていた船を沈められた。
数えで、34歳だった。
私は、祖父の亡くなった年齢を10歳以上超えている。
残りの人生、あと何年あるのだろう。
自分の命をどう使うのか、もっと考える必要がある。
ミクシィとフェイスブックから、誕生メッセージを送って下さった方、ありがとうございます。
普段、会えない方からのメッセージ、うれしかったです。
感謝!
2011年04月19日
石垣島から
うるま市から石垣島へ引っ越してから、19日経つ。
私も、妻も、圭太も、元気。
14日に、電話とインターネットがつながった。
テレビは、一昨日、やっと観ることができるようになった。
日常の生活が戻ってきた感じ。
13日から引っ越しの手伝いに来ていた母が、昨日帰った。
こちらは、Tシャツでも過ごせるくらいの気候なのに、実家ではストーブを点けているそうだ。
母の身体は、気温の変化に対応できているだろうか。
ちょっと気になる。
今回、無事に石垣島へ引っ越しをすることができた。
それも、親戚や友人から、助けていただいたおかげだ。
改めて感謝の気持ちが出てくる。
私も、妻も、持っている物が多いほうだと思う。
捨てられない本や資料が、たくさんある。
それを、妻の親戚から、2階が空いているからと、荷物を置かせてもらった。
段ボール箱、20箱以上あったと思う。
とっても、ありがたかった。
あまり使っていない物、石垣に持って行けない物は、友達がもらってくれた。
時間がないので、わざわざ家まで取りに来てくれた。
本当に、助かった。
カレー、豚汁、おにぎり、オードブル、弁当・・・
友人が食べ物を持ってきてくれたので、家事の時間を節約できた。
本当に、ありがたかった。
妻の父から餞別、私の母から引っ越し祝いをいただいた。
書ききれないほど、いろんな方に世話になった。
感謝。
新しい住まいは、教職員の住宅だ。
3階の301号室に住んでいる。
友達の友達が2階にいて、早速、ご近所づきあいができた。
けっこう古い建物で、網戸が破れていたり、靴箱の戸が開かなかったりする。
台所、3畳、4.5畳、6畳の部屋があり、聞いていたより少し狭かった。
それも住んでいるうちに、慣れるだろう。
引っ越しのおかげで、荷物をずいぶん減らすことができた。
6畳の部屋には、何も物を置いていない。
すっきりして、気持ちがいい。
今年の目標は、断捨離だった。
早くも、その目標を達成することができた。
石垣島に、地球村つながりの友達がいる。
先週の月曜日、友達の畑と田んぼを見に行った。
畑の一部を、借していただけることになった。
次の日、少し土を耕した。
こちらに来てすぐ、畑を借りることができて、すごくラッキーだ。
幸先の良いスタートを、切ることができた。
自分の人生、運が上向いていると思う。
私も、妻も、圭太も、元気。
14日に、電話とインターネットがつながった。
テレビは、一昨日、やっと観ることができるようになった。
日常の生活が戻ってきた感じ。
13日から引っ越しの手伝いに来ていた母が、昨日帰った。
こちらは、Tシャツでも過ごせるくらいの気候なのに、実家ではストーブを点けているそうだ。
母の身体は、気温の変化に対応できているだろうか。
ちょっと気になる。
今回、無事に石垣島へ引っ越しをすることができた。
それも、親戚や友人から、助けていただいたおかげだ。
改めて感謝の気持ちが出てくる。
私も、妻も、持っている物が多いほうだと思う。
捨てられない本や資料が、たくさんある。
それを、妻の親戚から、2階が空いているからと、荷物を置かせてもらった。
段ボール箱、20箱以上あったと思う。
とっても、ありがたかった。
あまり使っていない物、石垣に持って行けない物は、友達がもらってくれた。
時間がないので、わざわざ家まで取りに来てくれた。
本当に、助かった。
カレー、豚汁、おにぎり、オードブル、弁当・・・
友人が食べ物を持ってきてくれたので、家事の時間を節約できた。
本当に、ありがたかった。
妻の父から餞別、私の母から引っ越し祝いをいただいた。
書ききれないほど、いろんな方に世話になった。
感謝。
新しい住まいは、教職員の住宅だ。
3階の301号室に住んでいる。
友達の友達が2階にいて、早速、ご近所づきあいができた。
けっこう古い建物で、網戸が破れていたり、靴箱の戸が開かなかったりする。
台所、3畳、4.5畳、6畳の部屋があり、聞いていたより少し狭かった。
それも住んでいるうちに、慣れるだろう。
引っ越しのおかげで、荷物をずいぶん減らすことができた。
6畳の部屋には、何も物を置いていない。
すっきりして、気持ちがいい。
今年の目標は、断捨離だった。
早くも、その目標を達成することができた。
石垣島に、地球村つながりの友達がいる。
先週の月曜日、友達の畑と田んぼを見に行った。
畑の一部を、借していただけることになった。
次の日、少し土を耕した。
こちらに来てすぐ、畑を借りることができて、すごくラッキーだ。
幸先の良いスタートを、切ることができた。
自分の人生、運が上向いていると思う。
2011年03月17日
引っ越しの準備が忙しい。
毎日、電話したり、片づけをしたり、不要な物を捨てたり・・・。
インターネットで飛行機やホテルの予約をしたり。
講師の仕事の引き継ぎ、畑の引き継ぎと片付け、親の会と勉強会の引き継ぎ・・・。
先ほど、勉強会の最後のメールを送った。
ノートに「スミ」と記入する。
ひとつ終わって、ホッとする。
忙しい中で、物をもらってくれる友達は、ありがたい。
今日は、ひまわりママさんが来てくれて、予想外の風呂おけまで、もらってくれた。
感謝。
こんな状態なので、送別会は、だいたいお断りしている。
企画してくれようとした方、ありがとう。
そして、ごめんなさい。
物を片付ける時間が欲しくて、ご飯の準備をする時間が惜しい。
晩ご飯を作って、持ってきてもらえたら、ありがたい。
そのことを、厚かましくも、読み聞かせのお母さんに伝えた。
明日の夕方、食べ物を持って来てくれる予定。
本当に、ありがたい。
引っ越し先が決まった。
石垣市登野城にある教職員住宅だ。
ご近所づきあい、よろしくお願いします。
引っ越しの日程が決まった。
●3月30日(水)
9~10時 荷物をコンテナに積み込み
10時~ 不動産屋の立会い
14時~ 車を港へ運ぶ
那覇のホテル泊まり
●3月31日(木)
飛行機
那覇11:40発→石垣12:40着
石垣のホテル泊まり
●4月1日(金)
新しい住宅へ入居
コンテナ、車が到着
インターネットで飛行機やホテルの予約をしたり。
講師の仕事の引き継ぎ、畑の引き継ぎと片付け、親の会と勉強会の引き継ぎ・・・。
先ほど、勉強会の最後のメールを送った。
ノートに「スミ」と記入する。
ひとつ終わって、ホッとする。
忙しい中で、物をもらってくれる友達は、ありがたい。
今日は、ひまわりママさんが来てくれて、予想外の風呂おけまで、もらってくれた。
感謝。
こんな状態なので、送別会は、だいたいお断りしている。
企画してくれようとした方、ありがとう。
そして、ごめんなさい。
物を片付ける時間が欲しくて、ご飯の準備をする時間が惜しい。
晩ご飯を作って、持ってきてもらえたら、ありがたい。
そのことを、厚かましくも、読み聞かせのお母さんに伝えた。
明日の夕方、食べ物を持って来てくれる予定。
本当に、ありがたい。
引っ越し先が決まった。
石垣市登野城にある教職員住宅だ。
ご近所づきあい、よろしくお願いします。
引っ越しの日程が決まった。
●3月30日(水)
9~10時 荷物をコンテナに積み込み
10時~ 不動産屋の立会い
14時~ 車を港へ運ぶ
那覇のホテル泊まり
●3月31日(木)
飛行機
那覇11:40発→石垣12:40着
石垣のホテル泊まり
●4月1日(金)
新しい住宅へ入居
コンテナ、車が到着
タグ :引っ越し




