2008年06月02日
ミナミコメツキガニ
泡瀬干潟へ行ってきた。
砂地のところに、ミナミコメツキガニがたくさんいた。
近づくと、砂の中に潜ってしまう。
動かずに、じっとしていると、砂から出てくるので、近距離で見ることができる。
デジカメで動画を撮影し、アップすることができた。
↓
目の前で、干潟の埋め立て工事が進んでいるのが見えた。
埋め立てしているところにも、たくさんの生き物がいるのだろう。
干潟の埋め立ては、そこに棲む生き物たちの大量虐殺である。
砂地のところに、ミナミコメツキガニがたくさんいた。
近づくと、砂の中に潜ってしまう。
動かずに、じっとしていると、砂から出てくるので、近距離で見ることができる。
デジカメで動画を撮影し、アップすることができた。
↓
目の前で、干潟の埋め立て工事が進んでいるのが見えた。
埋め立てしているところにも、たくさんの生き物がいるのだろう。
干潟の埋め立ては、そこに棲む生き物たちの大量虐殺である。
2008年05月06日
泡瀬干潟の散策
4連休のゴールデンウィークは、家族で山か海に行きたかった。
しかし、家族との折り合いが付かなかった。
そこで最終日の今日、泡瀬干潟を1人で散策してきた。
5月3日は、圭太の誕生日だった。
同級生に、圭太が「しょうたいじょう」を出したが、清明祭のため参加できなかった。
そこで急拠、知り合いのお兄さんに来てもらうことになった。
5月4日は、ミニ四駆の公式大会へ圭太を連れて行った。
会場は、いつものプラモデル店 四駆堂です。
13:00受付け開始だが、11:30に会場に到着した。
私は、することが無いので、本を読んで時間を過ごした。
タイトルは、エジソンも不登校だった-小児科医からみた「登校拒否」。
著者は、若林実。
今日のことに、話を戻します。
トイレにある沖縄タイムスのカレンダーに、潮の満ち引きが載っている。
5月6日は、13:42が干潮になっている。
しかも大潮であり、潮位が-22cmとなっている。
-22cmというのは、何を示すのか知らないが、かなり潮が引いてる状態のようだった。
13:00過ぎに、泡瀬干潟に着いた。
ものすごく広い干潟だった。
こんなに広いとは、知らなかった。

たくさんの人が、潮干狩りに来ていた。

袋いっぱい、バケツいっぱい、貝を採ってる人がいた。


生き物がたくさんいた。
ヒトデ


サンゴ

これは、ウミウシかな、アメフラシかな・・・

カキと思われる貝が、たくさんあった。
アーサを採っている人もいた。
30cmくらいのアバサーを、さばいているおじさんがいた。
皮と内臓が全部無くなっているにも関わらず、口をパクパクさせて、バタバタと泳ぐ動きをしていた。
これには、ものすごく強烈な印象が残った。
恐くて、写真を撮ることができなかった。
結局、2時間30分ほど、泡瀬干潟を歩き回った。
今度は、家族を連れて行きたいと思った。
しかし、家族との折り合いが付かなかった。
そこで最終日の今日、泡瀬干潟を1人で散策してきた。
5月3日は、圭太の誕生日だった。
同級生に、圭太が「しょうたいじょう」を出したが、清明祭のため参加できなかった。
そこで急拠、知り合いのお兄さんに来てもらうことになった。
5月4日は、ミニ四駆の公式大会へ圭太を連れて行った。
会場は、いつものプラモデル店 四駆堂です。
13:00受付け開始だが、11:30に会場に到着した。
私は、することが無いので、本を読んで時間を過ごした。
タイトルは、エジソンも不登校だった-小児科医からみた「登校拒否」。
著者は、若林実。
今日のことに、話を戻します。
トイレにある沖縄タイムスのカレンダーに、潮の満ち引きが載っている。
5月6日は、13:42が干潮になっている。
しかも大潮であり、潮位が-22cmとなっている。
-22cmというのは、何を示すのか知らないが、かなり潮が引いてる状態のようだった。
13:00過ぎに、泡瀬干潟に着いた。
ものすごく広い干潟だった。
こんなに広いとは、知らなかった。
たくさんの人が、潮干狩りに来ていた。
袋いっぱい、バケツいっぱい、貝を採ってる人がいた。
生き物がたくさんいた。
ヒトデ
サンゴ
これは、ウミウシかな、アメフラシかな・・・
カキと思われる貝が、たくさんあった。
アーサを採っている人もいた。
30cmくらいのアバサーを、さばいているおじさんがいた。
皮と内臓が全部無くなっているにも関わらず、口をパクパクさせて、バタバタと泳ぐ動きをしていた。
これには、ものすごく強烈な印象が残った。
恐くて、写真を撮ることができなかった。
結局、2時間30分ほど、泡瀬干潟を歩き回った。
今度は、家族を連れて行きたいと思った。
2008年04月29日
総会に参加してきました。
前日に「子育て緊急サポートネットワークおきなわ」のYさんへ電話した。
電話の要件は、ある人の連絡先を知りたかったからです。
しかし、連絡先はわからなかった。
Yさんは、コープで働いていた最後の年に知り合ったので、5年くらいになる。
はじめて会ったのは、沖縄市ファミリーサポートセンターだった。
その後、講演に呼ばれたりして、お世話になった。
何かあれば、直接出向いて、相談をしに行っている。
電話のあと、Yさんからお願いされた。
「明日、総会があるから、参加してね。」
「参加するには、5000円払って、会員になる必要があるからね。」
普通だったら、こんな依頼は絶対に行かない。
しかし、Yさんからの頼みは断れない。
行けば、何かいいことがありそうな気がする。
結局、何の団体の総会か、聞きもせずに参加した。
場所は、沖縄市福祉文化プラザです。
早めに行って、机とイスを並べて、準備の手伝いをした。
今日の集まりは、「特定非営利活動法人こども家庭リソースセンター沖縄」の総会でした。
顔見知りの沖縄市の議員さんも来ていた。
この団体の主な目的は、ファミリーサポートセンターの事業では対応できない部分を、サポートすることだと思った。
ここには、昨年11月に主催した講演会で、託児をお願いした。
去年の3月と4月に、塾へ通えない中学生に数学を教えた。
Yさんからの頼まれごとだった。
これも活動の一部だったかもしれないと思った。
信頼してるから、何の総会かも知らずに、出かけて行った。
こんなお付き合いができる自分を、うれしく思った。
電話の要件は、ある人の連絡先を知りたかったからです。
しかし、連絡先はわからなかった。
Yさんは、コープで働いていた最後の年に知り合ったので、5年くらいになる。
はじめて会ったのは、沖縄市ファミリーサポートセンターだった。
その後、講演に呼ばれたりして、お世話になった。
何かあれば、直接出向いて、相談をしに行っている。
電話のあと、Yさんからお願いされた。
「明日、総会があるから、参加してね。」
「参加するには、5000円払って、会員になる必要があるからね。」
普通だったら、こんな依頼は絶対に行かない。
しかし、Yさんからの頼みは断れない。
行けば、何かいいことがありそうな気がする。
結局、何の団体の総会か、聞きもせずに参加した。
場所は、沖縄市福祉文化プラザです。
早めに行って、机とイスを並べて、準備の手伝いをした。
今日の集まりは、「特定非営利活動法人こども家庭リソースセンター沖縄」の総会でした。
顔見知りの沖縄市の議員さんも来ていた。
この団体の主な目的は、ファミリーサポートセンターの事業では対応できない部分を、サポートすることだと思った。
ここには、昨年11月に主催した講演会で、託児をお願いした。
去年の3月と4月に、塾へ通えない中学生に数学を教えた。
Yさんからの頼まれごとだった。
これも活動の一部だったかもしれないと思った。
信頼してるから、何の総会かも知らずに、出かけて行った。
こんなお付き合いができる自分を、うれしく思った。
2007年04月01日
アリビラで海水浴
読谷村のホテル、アリビラには海水浴場があります。
朝ごはんのあと、圭太と私は、海で泳ぎました。
今はずいぶん暖かいですが、この日はまだ寒かったです。
それでも、海に潜って泳ぎました。
泳いだ後は、砂に体を埋めて、遊びました。
ちょっと寒かったけど、海で遊んだあとは、すっきりいい気分でした。♪(*^o^*)♪
※ 日記は3月4日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
2007年03月31日
読谷村のアリビラに泊まりました。
左から、母、圭太、祖母、妻
3月2日~5日の間、私の母と祖母が遊びに来ました。
ここ3年くらい、祖母のバースデイ早割りを使って、沖縄へ来ています。
3泊4日の2泊目にホテルへ行きました。
今回、どのホテルにしようか、いろいろ迷いました。
迷った結果、アリビラにしました。
今年の1月に、アリビラを見学したのがきっかけでした。
私は、沖縄県の地球温暖化防止活動推進員をやっています。
アリビラでは、省エネや水の再利用に取り組んでいます。
見学してから、一度泊まってみたいと思いました。
アリビラは、高級リゾートホテルなので、宿泊料が高いです。
しかしこの時期、シーズンオフであることと、県内割引があるので、安く泊まることができました。
祖母は「沖縄のハワイに来ることができた。」と何度も言って、とても喜んでいました。
ホテルの食事が、またとてもおいしかったです。
私のおばあちゃんは、今年の3月で、83才になりました。
おばあちゃん、ずっと健康で長生きして下さいね。
※ 日記は3月3日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
2007年01月05日
コスモスさんと会いました。
日々、日記に書くことがたくさんあります。
しかし、それだけで時間をたくさん使ってしまいます。
書ききれないお話がたくさんあるのですが、これだけは紹介したいんです。
私にとって、素晴らしい出会いでした。
私は、ミクシィというSNSに入っています。
SNSは、ソーシャルネットワーキングサービスの略です。
ここではインターネット上で、お友達を作ることができます。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1508845
そのミクシィで、コスモスさんと出会いました。
5年くらい前に、コスモスさんがテレビに出ているのを観て、素敵な人だなあと思っていたんです。
ミクシィで見つけたときに、すぐお友達の申請をしました。
コスモスさんは、横浜市でバースハーモニーという助産院を経営しています。
そのコスモスさんが、石垣島へ旅行しました。
那覇空港で飛行機の乗り換え時間が空いているというので、お会いすることになりました。
飛行場で待っている間、少しドキドキしました。
あこがれの人は、テレビやHPで観たとおりの方でした。
小禄の「わだや菜」という和食バイキングで、一緒にお食事しました。
私、圭太、コスモスさん、ご主人の4人でした。
いろんな話で、とっても盛り上がりました。
コスモスさんのご主人も、3年前に仕事をやめて、主夫業をしていました。
バースハーモニーのお仕事を手伝いながら、主夫をしているそうです。
主夫仲間ができて、うれしかったです。
コスモスさんから、お産の話をお聴きすることができました。
赤ちゃんが産まれてくるとき、羊水を自分で吐き出すそうです。
産まれた後は、すぐにへその緒を切らないそうです。
へその緒というのは、赤ちゃんに酸素を供給する命綱で、
自分で呼吸ができるようになるまで、つなげておくのだそうです。
そうすると、赤ちゃんは安心して、泣かないそうです。
大野明子さんの「分娩台よ、さようなら」をかじり読みしていたので、
少しは知識があったのですが、目からウロコが落ちた話でした。
私も、赤ちゃんを産みたいと思いました。
しかし・・・
こればかりは、どうしても不可能だと思います。
石垣島に、助産院を作るのがコスモスさんの夢なのだそうです。
また、沖縄に遊びに来てください。
そのときは、連絡くださいね。(*^_^*)

那覇空港にて 撮影は、辻圭太
※ 日記は12月24日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
しかし、それだけで時間をたくさん使ってしまいます。
書ききれないお話がたくさんあるのですが、これだけは紹介したいんです。
私にとって、素晴らしい出会いでした。
私は、ミクシィというSNSに入っています。
SNSは、ソーシャルネットワーキングサービスの略です。
ここではインターネット上で、お友達を作ることができます。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1508845
そのミクシィで、コスモスさんと出会いました。
5年くらい前に、コスモスさんがテレビに出ているのを観て、素敵な人だなあと思っていたんです。
ミクシィで見つけたときに、すぐお友達の申請をしました。
コスモスさんは、横浜市でバースハーモニーという助産院を経営しています。
そのコスモスさんが、石垣島へ旅行しました。
那覇空港で飛行機の乗り換え時間が空いているというので、お会いすることになりました。
飛行場で待っている間、少しドキドキしました。
あこがれの人は、テレビやHPで観たとおりの方でした。
小禄の「わだや菜」という和食バイキングで、一緒にお食事しました。
私、圭太、コスモスさん、ご主人の4人でした。
いろんな話で、とっても盛り上がりました。
コスモスさんのご主人も、3年前に仕事をやめて、主夫業をしていました。
バースハーモニーのお仕事を手伝いながら、主夫をしているそうです。
主夫仲間ができて、うれしかったです。
コスモスさんから、お産の話をお聴きすることができました。
赤ちゃんが産まれてくるとき、羊水を自分で吐き出すそうです。
産まれた後は、すぐにへその緒を切らないそうです。
へその緒というのは、赤ちゃんに酸素を供給する命綱で、
自分で呼吸ができるようになるまで、つなげておくのだそうです。
そうすると、赤ちゃんは安心して、泣かないそうです。
大野明子さんの「分娩台よ、さようなら」をかじり読みしていたので、
少しは知識があったのですが、目からウロコが落ちた話でした。
私も、赤ちゃんを産みたいと思いました。
しかし・・・
こればかりは、どうしても不可能だと思います。
石垣島に、助産院を作るのがコスモスさんの夢なのだそうです。
また、沖縄に遊びに来てください。
そのときは、連絡くださいね。(*^_^*)
那覇空港にて 撮影は、辻圭太
※ 日記は12月24日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
2006年12月16日
家族が集合しました。
大分県日田市の実家へ行った次の日、私の兄弟が集まりました。
去年の8月、撮影があったとき以来なので、1年4ヶ月ぶりです。
そのときも同じ場所で集まり、賑やかに食べたり飲んだりしました。
今回は、総勢10名でした。
私は、男3人兄弟の長男です。
次男とは3才違い、三男とは12才違いです。

↑左から、母方の祖母、三男の弟(独身)、私です。

↑左から、次男の弟、母、弟の奥さんです。
久しぶりに集まって、楽しかったのですが・・・。
少し飲みすぎたようです。
持病のアレルギー性鼻炎が復活してしまいました。
体調管理に、注意しましょう。(^_^;)
※ 日記は12月10日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
去年の8月、撮影があったとき以来なので、1年4ヶ月ぶりです。
そのときも同じ場所で集まり、賑やかに食べたり飲んだりしました。
今回は、総勢10名でした。
私は、男3人兄弟の長男です。
次男とは3才違い、三男とは12才違いです。
↑左から、母方の祖母、三男の弟(独身)、私です。
↑左から、次男の弟、母、弟の奥さんです。
久しぶりに集まって、楽しかったのですが・・・。
少し飲みすぎたようです。
持病のアレルギー性鼻炎が復活してしまいました。
体調管理に、注意しましょう。(^_^;)
※ 日記は12月10日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
2006年12月16日
賢人塾へ行ってきました。(その2)
前回の続きです。

この写真が、賢人塾の畑です。
農家の方に、田を耕し、米を作ってもらっているそうです。
話が前後しますが、開運館の前で撮った写真です。

ここは、白川水源の入り口にあります。
白川水源では、きれいな湧き水が出ていました。
そのあと、幣立神宮をお参りし、昼食を食べて、賢人塾へ入りました。
門の前で、和服を着たご家族が、沖縄から来た私たちを出迎えてくれました。
最初に、武道をする建物に入りました。
そこで少し話をして、中を見て回りました。
建物の中に、滝に打たれる場所がありました。
私はこういうのが好きなので、一番に滝に打たれました。
3回ほど、出たり入ったりしました。
スタッフの方から滝に打たれるやり方を、教えていただきました。
正拳突きもやりました。
気合が入って、気持ち良かったです。
滝に打たれているときは、寒いと感じませんでした。
気温より、水の温度の方が、温かいそうです。
しかし、滝から出た後が寒かったです。
服を着た後、震えてしまいました。
夕方、田端代表と沖縄から来た方々、私の叔母と弟で食事をしました。
オーガニックのレストランへ行きました。
田端代表の中身の濃いお話を聴きながら、おいしい食事をいただきました。
終わってから、大分の日田市にある祖母の実家へ行きました。
帰りの車で、叔母と弟は「面白かった。なかなかできない体験。」と喜んでいました。
実家に着いたのは、夜11時を過ぎていましたが、母と祖母が起きて待っていました。
圭太に会えるのを、楽しみにしていたようです。
※ 日記は12月9日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
この写真が、賢人塾の畑です。
農家の方に、田を耕し、米を作ってもらっているそうです。
話が前後しますが、開運館の前で撮った写真です。
ここは、白川水源の入り口にあります。
白川水源では、きれいな湧き水が出ていました。
そのあと、幣立神宮をお参りし、昼食を食べて、賢人塾へ入りました。
門の前で、和服を着たご家族が、沖縄から来た私たちを出迎えてくれました。
最初に、武道をする建物に入りました。
そこで少し話をして、中を見て回りました。
建物の中に、滝に打たれる場所がありました。
私はこういうのが好きなので、一番に滝に打たれました。
3回ほど、出たり入ったりしました。
スタッフの方から滝に打たれるやり方を、教えていただきました。
正拳突きもやりました。
気合が入って、気持ち良かったです。
滝に打たれているときは、寒いと感じませんでした。
気温より、水の温度の方が、温かいそうです。
しかし、滝から出た後が寒かったです。
服を着た後、震えてしまいました。
夕方、田端代表と沖縄から来た方々、私の叔母と弟で食事をしました。
オーガニックのレストランへ行きました。
田端代表の中身の濃いお話を聴きながら、おいしい食事をいただきました。
終わってから、大分の日田市にある祖母の実家へ行きました。
帰りの車で、叔母と弟は「面白かった。なかなかできない体験。」と喜んでいました。
実家に着いたのは、夜11時を過ぎていましたが、母と祖母が起きて待っていました。
圭太に会えるのを、楽しみにしていたようです。
※ 日記は12月9日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
2006年12月12日
賢人塾へ行ってきました。
今年の2月、高木善之さんの講演会を主催しました。
そのときの実行委員長のHさんと友達になり、東洋鍼灸院を紹介してもらいました。
東洋鍼灸院から、中村文昭さんの講演会のCDを処方され、講演会へ行って来ました。
中村文昭さんの師匠である、田端俊久氏の講演会が沖縄で開催されました。
田端氏の講演会に、合計3回参加しました。
3回目のとき、一番前に座っていました。
田端氏から、賢人塾を見に来ないかとお誘いを受けました。
http://kenjinjuku.blog76.fc2.com/
講演会を主催したF さんから、12月9日に賢人塾へ行くよと、お電話がありました。
せっかくの機会だからと思って、一緒に連れて行ってもらうことにしました。
以上のようなご縁で、熊本県阿蘇市にある賢人塾へ行って来ました。
もちろん
8日に、熊本空港へ飛んで、阿蘇のホテルへ宿泊しました。
そのホテルに、私の叔母と弟に車で来てもらいました。
その車で、移動しました。
まず最初に、田端氏の経営する開運館へ行きました。
http://kaiunkan.com/
とにかく言葉では言い表せない、すごいところでした。
私は、賢人塾の田んぼや畑を案内してもらいました。
田んぼでは、鯉や合鴨を使って、自然農をしているそうです。
ここまで書いて、圭太が来たので、続きはあとで・・・
そのときの実行委員長のHさんと友達になり、東洋鍼灸院を紹介してもらいました。
東洋鍼灸院から、中村文昭さんの講演会のCDを処方され、講演会へ行って来ました。
中村文昭さんの師匠である、田端俊久氏の講演会が沖縄で開催されました。
田端氏の講演会に、合計3回参加しました。
3回目のとき、一番前に座っていました。
田端氏から、賢人塾を見に来ないかとお誘いを受けました。
http://kenjinjuku.blog76.fc2.com/
講演会を主催したF さんから、12月9日に賢人塾へ行くよと、お電話がありました。
せっかくの機会だからと思って、一緒に連れて行ってもらうことにしました。
以上のようなご縁で、熊本県阿蘇市にある賢人塾へ行って来ました。
もちろん
8日に、熊本空港へ飛んで、阿蘇のホテルへ宿泊しました。
そのホテルに、私の叔母と弟に車で来てもらいました。
その車で、移動しました。
まず最初に、田端氏の経営する開運館へ行きました。
http://kaiunkan.com/
とにかく言葉では言い表せない、すごいところでした。
私は、賢人塾の田んぼや畑を案内してもらいました。
田んぼでは、鯉や合鴨を使って、自然農をしているそうです。
ここまで書いて、圭太が来たので、続きはあとで・・・
2006年10月11日
おはなしの木の会
以前「ストーリーテリング」というものを、新聞集金のおばちゃんに聞きました。
親がこれをやっていれば、子供(の学力)は心配しないでいいと話していました。
友達のNさんがこの会に入って活動していたので、紹介してもらいました。
Nさんは転勤してしまったのですが、今回はじめて勉強会に参加しました。
紹介があったので、すんなりと入ることができました。
会の名称は、「おはなしの木の会」といいます。
集まる場所は、宜野湾市図書館です。
私を含めて、6名が勉強会に参加しました。
「ストーリーテリング」を、自己流でわかりやすく説明します。
絵本の読み聞かせを、本を見ないでお話することです。
だから、本の内容をすべて暗唱する必要があります。
ベテランの方4名が、勉強会で実際にお話してくれました。
ひとつのお話は、10分弱でした。
よく間違えないで、話せるなあと感心しました。
この会に参加して思ったのですが、みなさん「ハイレベル」な方ばかりだなあと思いました。
なんとなく、子供の頃から本が大好きで、国語は5段階評価で「5」ばかりだったのではと感じました。
私とは、生きてきた人生が違うなあと思いました。
以前の自分だったら、このような集まりに参加したら、劣等感を感じていたはずです。
しかし、斉藤一人さんの「地球が天国になる話」を聞いてから、劣等感が減ったのでしょう。
それほど、劣等感を感じませんでした。
それと、この会のみなさん、人の話をよく聞いている方ばかりでした。
だから、会の雰囲気が良くて、居心地が良かったです。
自分を高めるためには、こういう人と付き合った方がいいと思いました。
次回は、自分なりに、何か短い物語をひとつ覚えて、発表してみようと思いました。
人生は、チャレンジだ!
※ 日記は10月8日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
親がこれをやっていれば、子供(の学力)は心配しないでいいと話していました。
友達のNさんがこの会に入って活動していたので、紹介してもらいました。
Nさんは転勤してしまったのですが、今回はじめて勉強会に参加しました。
紹介があったので、すんなりと入ることができました。
会の名称は、「おはなしの木の会」といいます。
集まる場所は、宜野湾市図書館です。
私を含めて、6名が勉強会に参加しました。
「ストーリーテリング」を、自己流でわかりやすく説明します。
絵本の読み聞かせを、本を見ないでお話することです。
だから、本の内容をすべて暗唱する必要があります。
ベテランの方4名が、勉強会で実際にお話してくれました。
ひとつのお話は、10分弱でした。
よく間違えないで、話せるなあと感心しました。
この会に参加して思ったのですが、みなさん「ハイレベル」な方ばかりだなあと思いました。
なんとなく、子供の頃から本が大好きで、国語は5段階評価で「5」ばかりだったのではと感じました。
私とは、生きてきた人生が違うなあと思いました。
以前の自分だったら、このような集まりに参加したら、劣等感を感じていたはずです。
しかし、斉藤一人さんの「地球が天国になる話」を聞いてから、劣等感が減ったのでしょう。
それほど、劣等感を感じませんでした。
それと、この会のみなさん、人の話をよく聞いている方ばかりでした。
だから、会の雰囲気が良くて、居心地が良かったです。
自分を高めるためには、こういう人と付き合った方がいいと思いました。
次回は、自分なりに、何か短い物語をひとつ覚えて、発表してみようと思いました。
人生は、チャレンジだ!
※ 日記は10月8日のできごとです。
いつもブログをご覧になっていただいて、ありがとうございます。(*^_^*)
2006年06月23日
Cちゃんに、会いました。
以前、友達からビデオを借りて、観ました。
「われら百姓家族4 結婚」というタイトルでした。
山の中で、自給自足の生活をしてる家族を撮影した、ドキュメンタリー番組です。
1月4日のブログで、少し紹介しました。
http://shufu.ti-da.net/e633691.html
そのビデオに出ていた女の子が、沖縄に来ていると聞きました。
20才になる、Cちゃんです。
友達のUさんの所へ来ているとき、
Uさん 「Cちゃんは、小学校も中学校も、ほとんど行ってないってよ。」
と聞きました。
ぜひお会いしたいと思って、Uさんの所へ電話しました。
次の日の飛行機で、岡山に帰るそうでした。
予定が空いていたので、さっそくその日の夜に会いに行きました。
会ったのは、6月20日の夜でした。
妻と圭太も一緒に行きました。
沖縄の最後の夜なので、食事に誘いました。
私、妻、圭太、Cちゃん、Uさん、Iさんの6人で、首里の「あしびうなぁ」へ行きました。
そしてCゃんから、いろんなお話をお聞きしました。
20才にしては、とても落ち着きがあると、感じました。

現在は、畑で米や野菜を作る他、パンを焼いて販売しているそうです。
これが、大きな現金収入になるそうです。
学校でのエピソードも聞きました。
小学校1年のとき、生徒1人、先生1人だったそうです。
その先生が、まじめで真っ直ぐな性格だったそうです。
1対1で向き合うため、きつかったようです。
そこでCちゃんは、ヘビをつかまえて、先生に見せたそうです。
先生は、悲鳴を上げて逃げたそうです。
約1ヶ月半、沖縄にいたそうですが、とてもいい出会いがあったそうです。
お父さんが、いろんな人を受け入れているからだろうと、ビデオを借してくれたAさんが言っていました。
Cちゃんと会って話をして、生きる基盤がしっかりしているな、と感じました。
圭太を連れて、岡山の家へ行きたくなりました。(^^♪
お会いすることができて、感謝しています。
ありがとう!
「われら百姓家族4 結婚」というタイトルでした。
山の中で、自給自足の生活をしてる家族を撮影した、ドキュメンタリー番組です。
1月4日のブログで、少し紹介しました。
http://shufu.ti-da.net/e633691.html
そのビデオに出ていた女の子が、沖縄に来ていると聞きました。
20才になる、Cちゃんです。
友達のUさんの所へ来ているとき、
Uさん 「Cちゃんは、小学校も中学校も、ほとんど行ってないってよ。」
と聞きました。
ぜひお会いしたいと思って、Uさんの所へ電話しました。
次の日の飛行機で、岡山に帰るそうでした。
予定が空いていたので、さっそくその日の夜に会いに行きました。
会ったのは、6月20日の夜でした。
妻と圭太も一緒に行きました。
沖縄の最後の夜なので、食事に誘いました。
私、妻、圭太、Cちゃん、Uさん、Iさんの6人で、首里の「あしびうなぁ」へ行きました。
そしてCゃんから、いろんなお話をお聞きしました。
20才にしては、とても落ち着きがあると、感じました。
現在は、畑で米や野菜を作る他、パンを焼いて販売しているそうです。
これが、大きな現金収入になるそうです。
学校でのエピソードも聞きました。
小学校1年のとき、生徒1人、先生1人だったそうです。
その先生が、まじめで真っ直ぐな性格だったそうです。
1対1で向き合うため、きつかったようです。
そこでCちゃんは、ヘビをつかまえて、先生に見せたそうです。
先生は、悲鳴を上げて逃げたそうです。
約1ヶ月半、沖縄にいたそうですが、とてもいい出会いがあったそうです。
お父さんが、いろんな人を受け入れているからだろうと、ビデオを借してくれたAさんが言っていました。
Cちゃんと会って話をして、生きる基盤がしっかりしているな、と感じました。
圭太を連れて、岡山の家へ行きたくなりました。(^^♪
お会いすることができて、感謝しています。
ありがとう!
2006年04月30日
梅狩りをしました。
家族3人で、梅狩りをしてきました。
場所は、大宜味村のニーヌファ農場です。
これは、エコショップえころんの企画です。
圭太は、脚立に登って、梅を採りました。

妻も脚立に登って、楽しそうに梅を採りました。

全部で、2.5kgくらいの梅を採りました。
この梅は、化学農薬や化学肥料を使っていないそうです。
だから安心して、食べることができます。
収穫した梅で、梅干しを作る予定です。
圭太のリクエストで、梅ジュースも作ってみます。
うまくできるといいな。(^_^)
私たち家族に、梅を与えてくれたやんばるの大地に感謝します。
そして、梅を栽培した農家の方に感謝します。
ついでに、えころんのうっちゃんにも感謝します。
ありがとうございました。
場所は、大宜味村のニーヌファ農場です。
これは、エコショップえころんの企画です。
圭太は、脚立に登って、梅を採りました。

妻も脚立に登って、楽しそうに梅を採りました。

全部で、2.5kgくらいの梅を採りました。
この梅は、化学農薬や化学肥料を使っていないそうです。
だから安心して、食べることができます。
収穫した梅で、梅干しを作る予定です。
圭太のリクエストで、梅ジュースも作ってみます。
うまくできるといいな。(^_^)
私たち家族に、梅を与えてくれたやんばるの大地に感謝します。
そして、梅を栽培した農家の方に感謝します。
ついでに、えころんのうっちゃんにも感謝します。
ありがとうございました。
2006年04月01日
伊江島へ行って来ました。
圭太と二人で、伊江島に行って来ました。
天気が良くて、とてもいい日に行くことができました。

フェリーから見た、伊江島タッチュー
伊江島へ行った目的は、阿波根昌鴻さんの仏壇に手を合わせることでした。
わびあいの里へ行き、そこでお線香をあげることができました。

伊江島は、阿波根昌鴻さんの住んでいた島です。
10年前の3月2日に、阿波根昌鴻さんのお話を約1時間聞くことができました。
その当時は、90才を過ぎていて、ほとんど目が見えない、耳が聞こえない状態でした。
当時29才の私に、阿波根さんの言った言葉が、今も私の中にあります。
「私は、あなた方と話をして、勉強したい。」
受験勉強で、知識を詰め込むことが「勉強」だと思っていた自分にとって、衝撃的な言葉でした。
90才を過ぎて、いつお迎えが来てもおかしくない状態で、この謙虚な姿勢にショックを受けました。
いままで生きてきた中で、これほど謙虚な人に出会ったことは、ありませんでした。
お話を聞いた後、阿波根さんの手を思いきり強く握り締めて、握手をしていました。
その後、自分の中にあったとらわれから、徐々に解放されたのだと思います。
それから、本を買って読んだり、講演会に行ったり、人に会って話しをするようになりました。
そして、自分に変化が起こりました。
「自分はどう生きていったらいいのか」を、よく考えるようになりました。
阿波根さんとの出会いが無ければ、私が専業主夫をするなんて、考えもしなかったと思います。
阿波根昌鴻さんに、感謝しています。
ありがとうございます。(^_^)
※ 日記は3月30日のできごとです。
天気が良くて、とてもいい日に行くことができました。

フェリーから見た、伊江島タッチュー
伊江島へ行った目的は、阿波根昌鴻さんの仏壇に手を合わせることでした。
わびあいの里へ行き、そこでお線香をあげることができました。
伊江島は、阿波根昌鴻さんの住んでいた島です。
10年前の3月2日に、阿波根昌鴻さんのお話を約1時間聞くことができました。
その当時は、90才を過ぎていて、ほとんど目が見えない、耳が聞こえない状態でした。
当時29才の私に、阿波根さんの言った言葉が、今も私の中にあります。
「私は、あなた方と話をして、勉強したい。」
受験勉強で、知識を詰め込むことが「勉強」だと思っていた自分にとって、衝撃的な言葉でした。
90才を過ぎて、いつお迎えが来てもおかしくない状態で、この謙虚な姿勢にショックを受けました。
いままで生きてきた中で、これほど謙虚な人に出会ったことは、ありませんでした。
お話を聞いた後、阿波根さんの手を思いきり強く握り締めて、握手をしていました。
その後、自分の中にあったとらわれから、徐々に解放されたのだと思います。
それから、本を買って読んだり、講演会に行ったり、人に会って話しをするようになりました。
そして、自分に変化が起こりました。
「自分はどう生きていったらいいのか」を、よく考えるようになりました。
阿波根さんとの出会いが無ければ、私が専業主夫をするなんて、考えもしなかったと思います。
阿波根昌鴻さんに、感謝しています。
ありがとうございます。(^_^)
※ 日記は3月30日のできごとです。
2006年03月15日
桑の実を食べました。
沖縄県総合運動公園には、桑の木があります。
ちょうど今、桑の実が付いています。

2日前、ちんぬくさんたちと一緒に、木に登って桑の実を食べました。
とてもおいしかったので、また桑の実を採りに行きました。
木に登って、桑の実を採って食べることって、とっても楽しいのです。
なぜ楽しいかを、考えてみました。
これは、自分の中にあるDNAの記憶が、楽しく感じさせているのではと思います。
私たちの先祖は、木の実から食べ物を採っていた時があったはずです。
食べ物を得たときのうれしさが、DNAに焼きついているのでしょう。
ちょっと難しいことを、言ってしまいました・・・。
仕事を続けていたら、このような体験を味わうことも、無かったと思います。
早期退職者の募集をしてくれた元の職場に、感謝しています。(^_^)
ちょうど今、桑の実が付いています。
2日前、ちんぬくさんたちと一緒に、木に登って桑の実を食べました。
とてもおいしかったので、また桑の実を採りに行きました。
木に登って、桑の実を採って食べることって、とっても楽しいのです。
なぜ楽しいかを、考えてみました。
これは、自分の中にあるDNAの記憶が、楽しく感じさせているのではと思います。
私たちの先祖は、木の実から食べ物を採っていた時があったはずです。
食べ物を得たときのうれしさが、DNAに焼きついているのでしょう。
ちょっと難しいことを、言ってしまいました・・・。
仕事を続けていたら、このような体験を味わうことも、無かったと思います。
早期退職者の募集をしてくれた元の職場に、感謝しています。(^_^)
2006年03月13日
山上兄弟のてじなーにゃ
家族3人で、お出かけしました。
場所は、北谷ドームです。
子どもフェスティバルへ行くためでした。
息子の圭太(6才)は、手品が好きです。
コープ美里で、子どもフェスティバルのチラシを見つけたのです。
手品があるから行きたいと言うので、チケットを買って連れて行きました。
子どもフェスティバルに、山上兄弟が出ていたのです。
山上兄弟というのは、小学校4年生と5年生の男の子です。
この兄弟の手品は、小学生とは思えない程、上手でした。
「てじなーにゃ」と歌や踊りまで披露して、楽しかったです。
CDやDVDまで、発売していました。
プロのようだと思って、帰ってHPで調べたら、お父さんがプロのマジシャンでした。
妻と圭太と一緒に、楽しむことができました。
3人で週末を過ごすことができて、幸せでした。(^_^)
※ 日記は3月12日のできごとです。
場所は、北谷ドームです。
子どもフェスティバルへ行くためでした。
息子の圭太(6才)は、手品が好きです。
コープ美里で、子どもフェスティバルのチラシを見つけたのです。
手品があるから行きたいと言うので、チケットを買って連れて行きました。
子どもフェスティバルに、山上兄弟が出ていたのです。
山上兄弟というのは、小学校4年生と5年生の男の子です。
この兄弟の手品は、小学生とは思えない程、上手でした。
「てじなーにゃ」と歌や踊りまで披露して、楽しかったです。
CDやDVDまで、発売していました。
プロのようだと思って、帰ってHPで調べたら、お父さんがプロのマジシャンでした。
妻と圭太と一緒に、楽しむことができました。
3人で週末を過ごすことができて、幸せでした。(^_^)
※ 日記は3月12日のできごとです。
2006年03月09日
名護自然動植物公園へ行きました。
ホテルを出てから、名護名護自然動植物公園へ遊びに行きました。
ここは、鳥にエサをあげたりして、動物と触れ合うことができます。

子供は、ゾウガメの背中に乗って、遊ぶことができます。(大人は不可)

クジャクもいました。

夜は、那覇のステーキハウスへ行きました。
碧というお店です。
少し値段が高かったですが、おいしかったです。

※ 日記は3月5日のできごとです。
ここは、鳥にエサをあげたりして、動物と触れ合うことができます。
子供は、ゾウガメの背中に乗って、遊ぶことができます。(大人は不可)
クジャクもいました。
夜は、那覇のステーキハウスへ行きました。
碧というお店です。
少し値段が高かったですが、おいしかったです。
※ 日記は3月5日のできごとです。
2006年03月09日
コスタビスタ沖縄へ泊まりました。
母と祖母が、遊びに来たので、ホテルへ泊まりに行きました。
ホテルは、昨年の9月にオープンした、コスタビスタ沖縄にしました。
コスタビスタ沖縄は、北中城村にあります。
私・妻・圭太・母・祖母の5人で泊まりました。
ものすごく広い部屋でした。

晴れた天気だったので、見晴らしがとても良かったです。
食事もおいしかったです。
「また来たいね」と言って、母も祖母も大満足でした。
※ 日記は3月4日のできごとです。
ホテルは、昨年の9月にオープンした、コスタビスタ沖縄にしました。
コスタビスタ沖縄は、北中城村にあります。
私・妻・圭太・母・祖母の5人で泊まりました。
ものすごく広い部屋でした。
晴れた天気だったので、見晴らしがとても良かったです。
食事もおいしかったです。
「また来たいね」と言って、母も祖母も大満足でした。
※ 日記は3月4日のできごとです。
2006年03月04日
母と祖母が、遊びに来ました。
大分から、母と祖母が遊びに来ました。
那覇空港へ12:10着です。
圭太と一緒に、迎えに行きました。
少し遅れて、到着しました。
孫の圭太に会えて、母と祖母はとてもうれしそうでした。
圭太もうれしそうでした。

写真は那覇空港にて
まず、南風原町のやさい畑で食事をしました。
その後、県総合運動公園の海で少し遊びました。
そして、ヤマダ電機へおもちゃを買いに行きました。
圭太は、おばあちゃんにラジコンカーを買ってもらう約束をしてようです。
私には内緒だったようです。

圭太は、とてもうれしそうでした。
※ 日記は3月3日のできごとです。
那覇空港へ12:10着です。
圭太と一緒に、迎えに行きました。
少し遅れて、到着しました。
孫の圭太に会えて、母と祖母はとてもうれしそうでした。
圭太もうれしそうでした。

写真は那覇空港にて
まず、南風原町のやさい畑で食事をしました。
その後、県総合運動公園の海で少し遊びました。
そして、ヤマダ電機へおもちゃを買いに行きました。
圭太は、おばあちゃんにラジコンカーを買ってもらう約束をしてようです。
私には内緒だったようです。
圭太は、とてもうれしそうでした。
※ 日記は3月3日のできごとです。
2006年02月10日
沖縄県視聴覚教育総合研究大会
講演会が終わっても、何かと忙しいです。
2日前に、沖縄テレビのディレクターGさんから、電話がありました。
タイトルにある何やら難しい名前のシンポジウムに参加して、体験を発表してほしいと頼まれました。
私の妻は、高校で社会の教員をしています。
私の家族が出演した、いきいき!夢キラリの番組のビデオを生徒に観せて、感想を書かせるという授業をしました。
そのことを、私に報告して欲しいとのことでした。
会場には、正装の人ばかりでした。
ジーパンで来た人は、私だけでした。
しかも子どもは、破れたシャツを着ていました。
各テレビ局のディレクターの発表の後、質問時間がきました。
その中で、私が紹介されて、報告をしました。
あまりに堅い雰囲気だったので、和らげようと冗談を言いました。
しかし、誰も笑いませんでした。
それで、余計に緊張してしまいました。
それでも最後は、次のように言って締めました。
「私の妻は、自分の生き方を通じて、生徒に授業をしました。」
これで、決まったと思いました。
ほとんど全員が私の顔を見て、話を聞いていました。
そのあと、お願いをして、話を終わりました
「講演の依頼が、ひとつも来ていないので、ぜひ依頼して下さい。」
このときには、やっと笑い声が聞こえてきました。(^_^)
※ 日記は2月9日のできごとです。
2日前に、沖縄テレビのディレクターGさんから、電話がありました。
タイトルにある何やら難しい名前のシンポジウムに参加して、体験を発表してほしいと頼まれました。
私の妻は、高校で社会の教員をしています。
私の家族が出演した、いきいき!夢キラリの番組のビデオを生徒に観せて、感想を書かせるという授業をしました。
そのことを、私に報告して欲しいとのことでした。
会場には、正装の人ばかりでした。
ジーパンで来た人は、私だけでした。
しかも子どもは、破れたシャツを着ていました。
各テレビ局のディレクターの発表の後、質問時間がきました。
その中で、私が紹介されて、報告をしました。
あまりに堅い雰囲気だったので、和らげようと冗談を言いました。
しかし、誰も笑いませんでした。
それで、余計に緊張してしまいました。
それでも最後は、次のように言って締めました。
「私の妻は、自分の生き方を通じて、生徒に授業をしました。」
これで、決まったと思いました。
ほとんど全員が私の顔を見て、話を聞いていました。
そのあと、お願いをして、話を終わりました
「講演の依頼が、ひとつも来ていないので、ぜひ依頼して下さい。」
このときには、やっと笑い声が聞こえてきました。(^_^)
※ 日記は2月9日のできごとです。
2006年01月22日
人形劇 なぞなぞライオン
「第5回 絵本ワールド in おきなわ」へ、子どもと二人で、出かけました。
場所は、読谷村文化センターです。
『人形劇なぞなぞライオン』を、子どもに見せたいと思っていました。
会場は、多くの人が並んでいました。
トランポリン仲間のFさんが、運良く一番前に並んでました。
それで、うちの子どもをFさんに預けて、私は後ろに並びました。
会場が小さいこともあり、半分以上の人が入ることができませんでした。
しかし、私は「子どもが中にいるので」と言って、潜り込むことが出来ました。
演じていただいたのは、やまうちさかえさんという方でした。
本人いわく、おばちゃんのようなおねえさんと言って、会場に笑いを誘っていました。
はじめに『紙芝居』、次に『人形劇』、最後は『腹話術』と芸達者な方でした。
子どもは、一番前に座って、楽しんでいました。
実は、2月5日の講演会のチラシを、ここで配ろうと思っていたのです。
しかし、配ることの出来る雰囲気ではありませんでした。
それが、残念でした。
帰りに清流舎へ、醤油を買いに行きました。
ここでは、ポスターをお店の入り口のドアに貼らせていただきました。
うれしかったです。感謝しています。m(__)m
場所は、読谷村文化センターです。
『人形劇なぞなぞライオン』を、子どもに見せたいと思っていました。
会場は、多くの人が並んでいました。
トランポリン仲間のFさんが、運良く一番前に並んでました。
それで、うちの子どもをFさんに預けて、私は後ろに並びました。
会場が小さいこともあり、半分以上の人が入ることができませんでした。
しかし、私は「子どもが中にいるので」と言って、潜り込むことが出来ました。
演じていただいたのは、やまうちさかえさんという方でした。
本人いわく、おばちゃんのようなおねえさんと言って、会場に笑いを誘っていました。
はじめに『紙芝居』、次に『人形劇』、最後は『腹話術』と芸達者な方でした。
子どもは、一番前に座って、楽しんでいました。
実は、2月5日の講演会のチラシを、ここで配ろうと思っていたのです。
しかし、配ることの出来る雰囲気ではありませんでした。
それが、残念でした。
帰りに清流舎へ、醤油を買いに行きました。
ここでは、ポスターをお店の入り口のドアに貼らせていただきました。
うれしかったです。感謝しています。m(__)m




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